| ランダムな彼女 |
![]() 彼女は今日も、ランダムだった。 朝、としあきの家に行き、としあきを起こすのが俺の日課だった。 としあきから渡された鍵を使って、家の中に入る。 としあきはカプセルの中で眠っていた。 待ってろよ、としあき。今日こそはおまえを引き当ててやるからな。 目の前のスロットマシンをにらみつける。 俺はスタートボタンを押した。 スロットのゲームで、目押しも十分練習した。 今日こそは。 俺はまず、年齢のボタンを押す。 ―――いまだっ。 『年齢: 幼女』 ……終わった。 しかもこの時点で、としあきの女が確定してしまった。 ごめん、としあき。今日もだめだった。 心の中でとしあきに謝って、ほかのボタンを適当に押す。 どうせなら、あの子に会えるのを願いながら。 『性格: お兄ちゃんっ子』 『特徴: 痴女』 最後変なのがっ、なんか新しいのが増えてるっ。 慌てたが、もう遅かった。 カプセルが音を立てて動き出す。 カプセルの中に煙が充満して、としあきの姿が見えなくなる。 三分後、カプセルが開いた。 中から、小さな女の子になったとしあきが出てくる。 裸のまま。 としあきは俺を見るなり、俺に走り寄ってきた。 としあきのツインテールが揺れている。 「きよひこおにいちゃんっ」 「うおっ」 タックルを食らい、俺は倒れ込む。としあきが俺に乗りかかってくる。 「おにいちゃん、会いたかったよー」 としあきが自分の顔を、何度も俺の胸にすりよせてくる。 「ま、待て、としあき、落ち着けっ」 「ずっと会いたかったのに、おにいちゃん、ぜんぜんわたしを呼んでくれないんだもん、さびしかったよっ」 としあきが、本当に嬉しそうに、俺にすりよって甘えてくる。 とりあえず、服を着せる。一通りの服は、この部屋にはそろっていた。 服を着せ終わると、またとしあきは俺に甘えてきた。 としあきの頭を、恐る恐るなでてみる。 としあきが、ほにゃんと笑みをこぼす。 俺が体を起こしても、まだとしあきは俺にすりよってきた。 「とりあえず、えっと」 「あっ、はいおにいちゃん、日記だよ」 としあきはぱっと俺から離れると、近くの机の中から日記を取り出した。 俺と男のとしあきの、唯一の交流手段だった。 としあきは午後十一時から三十分だけ、本来の男の姿に戻れる。 そのときに、としあきに読んでもらうために。 俺は日記を書いて、書いたその日のうちに、としあきに日記を渡していた。 としあきは、自分が変化しているときのことをまったく覚えていない。 だから今日一日のことを報告するための、連絡手段が日記だった。 俺の書いた日記の下に、としあきからの返事がいつもある。 昨日はとしあきの特徴が引きこもりだったせいで、俺はとしあきと全然会話をしていなかった。 としあきからの返事を読む。 『二月九日』 返事 きよひこへ 昨日は、オレとあまり話をしなかったそうだな。 なんかこう、オレの中に、寂しいってのが残ったままなんだ。 明日、どうにかしてくれ。 どうにかしてくれって言われてもなぁ……。 「おにいちゃん、いっしょに学校いこっ」 目の前には、小さい女の子になった、としあきがいる。 としあきは、とことこと走って部屋の奥へ行った。 帰ってきたとしあきは、手にランドセルを持っている。 「……なんでそんなのがあるんだよ」 「んとね、コスプレ好きのお姉ちゃんが買っておいてくれたんだよ」 ……あいつか。 三日前のコスプレ好きなとしあきは、色々な意味で見ていられなかった。 としあきが俺の手を引っ張ってくる。 「おにいちゃん、学校っ」 「え、ああ、そうだな」 良かった。この子は普通だ。 としあきの特徴が痴女に決まったときは焦ったが、やっぱり今のとしあきは小さいからな。 痴女なんて、無縁だよな、うん。 今度から、としあきの年齢が幼女になったら、この子をねらおう。 としあきに引っ張られながら、部屋の外に出る。 「あ、おにいちゃん」 「ん?」 としあきが俺の顔をじっと見ている。 「おにいちゃん、顔、汚れてるとこがあるよ」 「えっ、どこだ?」 「ふいてあげるから、しゃがんで」 俺が言われたとおりにしゃがむと、としあきはポケットから、ハンカチを取り出す。 かわいらしいネコが描かれたハンカチだった。 あ、これ、としあきがあの子になったときに、俺がプレゼントしたやつだ。 使っていてくれたんだな。 としあきがそのハンカチを、俺の口にあてる。 「口のところふいてるから、ちょっと待っててね、おにいちゃんっ」 そうは言うものの、としあきはハンカチを俺の口にあてたまま、動かそうとしない。 ……あれ、なんか……。 としあきが笑みを浮かべていた。 「おにいちゃん、今日はやっぱり、学校は止めて、いっしょに遊ぼうね」 としあきが、ハンカチを俺の口にぐっと押し当ててくる。 あ……しま、った……おととい、こいつは……マッド、サイエンティストだ……った……。 俺の意識は、闇の中に落ちていった。 【日記】 『二月十日』 としあきへ いつもならおまえに、今日一日何があったのかを伝えていた。 けれど今日のことは、俺は何も覚えていない。 もう寝ます。ごめんなさい。 『二月十日』 返事 きよひこへ 何があったのかは判らないけど、今オレはなんだか楽しい気分で一杯だ。 今日はいったい、オレは誰になっていたんだ? 一つ気になってるんだが、オレの部屋に、オレのじゃないトランクスが落ちていた。 もしかして、おまえのか? あとそれから。こんなこと本当は書きたくないんだが、書きたくて仕方がない。 悪い、見逃してくれ。 おにいちゃん、大好き、またいっしょに遊ぼうねー。 彼女は今日も、ランダムだった。 朝、としあきの部屋に入り、カプセルの前に立つ。 としあきはカプセルの中でないと、眠れない体になっていた。 ずっと以前は、としあきは何度も徹夜をして過ごしていた。 けれどここ数か月、としあきは毎日カプセルの中で眠っている。 どういう心変わりか尋ねたら、としあきは答えた。 「きよひこがスロットで、男のオレを当ててくれたらいいだけの話だろ。それに……」 「それに?」 「あ、いや、なんでもない」 としあきは何か言いかけて、結局言わなかった。 としあき、今日こそは、男のおまえに日の光を浴びせさせてやるからな。 挑むは、スロットマシン。 今日の俺は、朝の占いがばっちりだった。だから大丈夫、のはず。 ―――せいっ。 『年齢: 同い年』 『性格: 冷静沈着』 よしっ、としあきの条件にぴったりだ。 最近の日記を読むに、どうもとしあきから冷静沈着さがなくなってきたような気がするが……。 まぁいい、とりあえずこの調子で、あとは特徴で『男の子』を選ぶだけだ。 『男の子』を選べない限り、またとしあきが女の子になってしまう。 けれど今日こそは、運勢は完ぺきだし―――あれ。 俺はそのとき、ふと思い出してしまった。 俺の運勢はばっちりだったが……としあきの運勢、見てなかった。 『特徴: 純真』 ……はずした、か。 ごめんな、としあき。明日こそは、明日こそは―――。 カプセルが動き出す。 今日の組み合わせは、俺は未経験だった。 冷静沈着、か。あまり話は、はずまなさそうだな。男のとしあきもそうだったが。 カプセルの中から、同い年の女の子が出てくる。 としあきは俺をにらみつけるなり、口を開いた。 「そんなにじろじろと見ないでくれないか。恥ずかしいんだが」 「あっ、悪い」 慌てて後ろを向く。としあきは、今日も裸のままだった。 としあきが服を着終わるのを待っているあいだに、日記を読む。 『おにいちゃん、大好き、またいっしょに遊ぼうねー』 としあきからの返事を読んで、背筋が寒くなる。 もう絶対に、昨日の子は呼ばないでおこう。 「もういいぞ」 その声を聞いて、俺はとしあきの方を向く。 としあきは、昨日の幼女とはまったく違った。 俺の学校の制服。すらっとした体格。長い黒髪。りんとした顔。俺をにらみつける目。 俺は反射的に謝った。 「ごめんなさい」 「……何がだ?」 「いや、その、にらんでるから、つい……」 としあきは目を閉じて、一つ息を吐いた。 「すまない。目つきが悪いのは、もとからだ」 淡々と、としあきは言ってくる。 うっ……なんだか今日は、気まずくなりそうだ。 としあきが部屋の奥から学生カバンを取ってくる。 「行くぞ」 「あ、ああ、そうだな」 俺は戸惑いながら、としあきと一緒に学校に向かった。 通学中。 「あ、あのさ……」 「何だ?」 すぐにきよひこから言葉が返ってくる。 俺は、なんとか言葉を口にした。 「なんで、さっきから俺のこと、にらんでるんだ?」 「にらんでなどいない。見ているだけだ」 歩き出してから、としあきはずっと俺の顔を見詰めていた。 「俺の顔に、何かついてるか?」 「何もついていなければ、君はのっぺらぼうではないか。君は面白いことを言うな」 としあきはそう言って、ほんの少しだけ笑った。 なんかよく判らないが……笑ってくれたし、良かったとしよう。 それから学校に着くまで、としあきは俺の顔を見たままだった。 「よっ、二人とも」 教室に入ると、クラスメイトが俺たちに声をかけてくる。 「今日のとしあきは、普通そうだな」 クラスメイトの言葉に、俺は一応うなずいておいた。 としあきが俺の耳を引っ張る。 「私は普通などではないぞ」 「自分でそれを言うのかよ」 俺がそう言うと、としあきは平然と言葉を返してきた。 「君にとって、私は普通ではなく、特別な存在だろ。違うのか?」 「なっ……」 周りにいたクラスメイトたちが、俺たちをはやしたててくる。 俺はとしあきの手を引っ張って、教室から出る。 「どうかしたか?」 としあきは顔色一つ変えていない。 「おまえな、あんまり目立つことは言わないでくれよ」 朝っぱらから、恥ずかしすぎる。 としあきが俺に背を向けた。 「……そうか。悪かった。君の気持ちを、ないがしろにしてしまった。 どうやら私は、君と一緒に登校できて、浮かれてしまっていたようだ」 そう言って、としあきは一人で歩き出してしまう。 「あ、いや、としあき、違うんだ、おまえのことが嫌いとかそういうことじゃなくて……」 としあきがぱっとこちらに振り返る。 「本当か? 私は君に嫌われていないんだな?」 「ああ、それは間違いない」 俺がそう言うと、としあきは急に俺の手を握ってきた。 思っていたよりも、としあきの手は温かかった。 「ありがとう、きよひこ。君に嫌われていないだけで、私は幸せだ」 長い黒髪。りんとした顔。俺を見詰めてくる目。 あ……やばい、これは、まずい。 「どうした、急に私から視線をそらして?」 「な、なんでもない……」 なんとかして心臓の鼓動を落ち着かせようとする。 ちらりと、としあきの顔を見る。目が合う。 としあきは、笑みを浮かべながら言った。 「今日は一日中、君は私と一緒にいてくれるんだろう。私は、本当に幸せ者だ」 としあきは、俺の手をぎゅっとにぎった。 授業が始まれば、一息つけると思っていた。 「……あのさ」 「なんだ?」 「授業、始まってるよな」 「そうだな」 先生は板書をし、クラスメイトはノートに書き込んでいる。 静かな教室に、俺たち二人だけの会話が響く。 「……おまえ、なんで俺の隣にいるんだ?」 「すまない、消しゴムを貸してくれるか」 俺の机に手を伸ばし、としあきは消しゴムを取る。 としあきは、俺のすぐ隣にいた。床の上に、正座していた。 正座した足の上にノートを載せて、文字を書き込んでいる。 「……自分の席が、あるだろ」 「残念だが、私の席からでは君の顔が見えない。ここにいれば、ずっと君の顔が見ていられるからな」 そう言って、としあきは俺の顔を見てくる。 さようなら俺のやすらぎ、おかえりなさい心臓の鼓動。 平静で授業を受けられるわけがない。 先生を見る。 先生と目が合う。 先生が目をそらす。 先生は言い訳する。 「あ、いや、そのな。あまりに青春してたから、注意するのもどうかと思ってな」 ある意味、生徒思いだった。 隣の席の男子が、俺たちにからかい気味に声をかけてきた。 「としあき、なんだったらこの席と替わってやろうか」 その言葉を聞いて、としあきが隣の席の男子にぱっと視線を向ける。 隣の席の男子がひるむ。にらまれたと思ったんだろう。 としあきは言った。 「本当か? 本当に席を替わってくれるのか?」 「あ、ああ……」 としあきは急に立ち上がって、隣の男子に詰め寄った。 ちなみに授業中のはず。先生、授業の進行を止めないで。若いなぁ、とかつぶやいてないで。 隣の席の男子に向かって、としあきは言った。 「席を替わってくれるとは。あなたは命の恩人だ。本当にありがとう。だが許してほしい。 私の心の中には、きよひこしかいないんだ。あなたには本当に感謝しているが―――」 俺は立ち上がって、先生に言った。 「先生、保健室に行ってきます」 先生はうなずいて、口を開いた。 「判りきってはいるが、一応尋ねておこう。理由は?」 「頭痛でお腹が痛いんです」 「よし、許可しよう」 俺は教室から出て行こうとする。 クラスメイトたちの視線が俺に刺さる。 恥ずかしすぎて、これ以上この場にはいられない。 教室のドアを開けたとき、後ろからとしあきの声がした。 「先生、私も保健室に行かなければならなくなった」 振り返る。 先生がうなずいている。先生は言った。 「一応尋ねる。理由は?」 としあきが答えた。 「子宮がうずくからだ」 「よし、許可しよう」 軽く昨日の痴女が残っていたらしい。 俺はもう、言葉が出てこなかった。 としあきと俺は、一緒に教室から出た。 黙り込んだまま、俺たちは保健室に向かう。 保健室に用はなかったから、時間をつぶすためだけに、ゆっくりと歩く。 俺が黙ったままでいると、としあきはぽつりと言った。 「すまない。悪ふざけが過ぎたな」 「自覚はあったんだな」 俺がそう言葉を返すと、としあきが足を止める。俺も足を止めた。 としあきは言った。 「やっと……君に会えたから、私は本当に浮かれすぎた。こんな私のことなんて、嫌いになっただろ」 「気にしなくていいって。男のとしあきも、ふだんは落ち着いてるくせに、調子には乗りやすかったからな」 おかげで、何度男のとしあきの暴走に付き合わされたことか。 目の前のとしあきが、少し間を置いてから口を開いた。 「君は、男のとしあきのことは嫌いだったか?」 「そんなわけないだろ。大切な友人だ」 俺はすぐに答えた。 男のとしあきの暴走は、手に負えなかったが。一緒にいて、楽しいものだった。 男のとしあきとは、もう何か月も会っていない。明日、こそは。 「君は、本当にやさしいな」 としあきがそっと俺の手を握る。 としあきは言葉を続けた。 「頼みがある。聞いてくれるか?」 「俺にできることならな」 としあきは言った。 「次に君に会ったとき、私は行きたい所がある。連れて行ってくれないか」 「今日の放課後でいいだろ?」 としあきは首を横に振った。 「次でいい。今日は君に会えただけで、私は胸が幸せで一杯だ。 次に君に会える日を、楽しみにしている」 そう言って、目の前のとしあきは、笑みを浮かべた。 【日記】 『二月十一日』 としあきへ 今日は『同い年』、『冷静沈着』、『純真』の組み合わせだった。 初めてだったな、この組み合わせは。 おまえと同じで調子に乗りやすいところはあったけど、とてもいい子だった。 水族館に行きたいそうなので、今度この子に会ったときは、連れて行ってあげようと思う。 おまえが嫌なら断るから、そのときは教えてほしい。 『二月十一日』 返事 きよひこへ 今日は君と一緒にいれて、楽しかった。本当にありがとう。 今度の水族館、とても楽しみに 悪い、なんだか頭が混乱していた。上のは見なかったことにしてくれ。 ちゃっかりデートの約束なんて、するなよな。 オレの身にもなってほしい。 水族館は、まぁ、その、なんだ。 きよひこがどうしても行きたいって言うのなら、オレは我慢してやってもいいぞ。 最近、近くに大きな水族館ができただろ? あそこなんてどうだ? イルカショーがすごいらしい。 そういえば、もうそろそろバレンタインだな。 一人寂しいおまえのために、その日に限っては、女のオレで、確定でいいぞ。ありがたく思え。 どの子にするかは、おまえが決めてくれていいからな。 今日はもう寝る。 今どうしてか、ものすごく、満ち足りた気分だ。 彼女は今日も、ランダムだった。 朝。としあきの部屋に入る。 俺はとしあきを起こすよりも先に、日記を読んだ。 水族館へ行ってもいいかどうか。としあきの返事は、了承だった。 ほっと胸をなでおろす。 けれど次に書いてあることを読んで、俺はまた考え込んでしまった。 「バレンタイン、か……」 つぶやきが漏れる。 どの子にするかは俺が選べ、とか言われてもなぁ。 俺の目押しの下手さは折り紙付きだ。どうしようもない。 自分から女でいいとか、としあきもよく言うよな。冗談だとは思うが。 俺は一つ深呼吸をする。 たぶん今までは色々と考えすぎた。 ここは、自分の直感を信じるべきだ。決して適当じゃない。ないんだ。 スロットマシンと向き合い、スタートボタンを押す。 ―――うなれ、俺のシックスセンスっ。 俺は目を閉じて、一気にスロットを止める。 ゆっくりと、おっかなびっくり目を開ける。 『年齢: 同い年』 『性格: 明るく元気』 『特徴: 世話焼き』 ……なんだ、あいつか。 一気に、肩の力が抜けた。 カプセルが動き出す。 俺は部屋の奥から、大きな旅行カバンを取ってくる。 この中に、あいつの着替えは一式そろっていた。 カプセルからあいつが出てくる。 殴られないためにも、俺はとしあきに背を向けておく。 「なんで、いっつも裸なのよ」 後ろから、としあきの不満そうな声が聞こえてくる。 「そんなの俺が知るかよ」 「ううっ、きよひこの目であたしの体が汚されるっ」 「誰が汚すかっ、背を向けてるだろうがっ」 言い返すために、思わず振り返ってしまった。 としあきの裸が、目に入る。 意外に大きいんだよな、こいつ。 「このばかっ」 近くにあったクッションを、としあきは俺に向けて投げ飛ばしてくる。 潔く、俺はクッションを顔面で受け止めた。 としあきはすぐに着替えを終えて、背を向けていた俺の頭を軽くはたいた。 「お待たせ。学校、行こっか」 ![]() こいつは怒るのもすぐだったが、怒りが冷めるのもすぐだった。 「あ、きよひこ、寝ぐせが」 そう言って、としあきが俺の髪に手を伸ばしてくる。 「いいって、別に」 「邪魔しないの」 としあきは俺の髪を触ってくる。 「もう、寝ぐせぐらい、なおしておきなさいよね」 「はいはい、これからは気をつけるって」 としあきが、また俺の頭を軽くはたいてくる。 お返しに、としあきのポニーテールを引っ張ってやる。 としあきが、ほおをふくらませる。 俺が笑うと、少し経ってから、としあきも笑った。 俺が完全に気を許せるのは、こいつくらいだった。 会話を続けながら、俺たちは部屋から出る。 「それにしても、おまえって出現率、高いよな」 こいつには最低でも、一週間に一度は会っていると思う。 「当然よ、あたしは普通だからね」 俺が首をかしげていると、としあきは言った。 「あれ、知らなかったの? 普通な子ほど出現率は高くて、変な子ほど、なかなか出てこないのよ」 そう言われてみれば、確かにそうだった。 俺のトラウマになる子ほど、俺が会った回数は少ない。 「ちなみに俺がさっき首をかしげていたのは、おまえが普通かどうかについてなんだが」 問答無用でとしあきの平手が飛んできた。 絶対にこいつの特徴は、『暴力娘』だと俺は思うんだが。 外に出ると、朝の光が俺たちに降り注ぐ。 としあきは心地よさそうに、軽いストレッチをしていた。 「でも、なんで普通の人ほど出やすいんだ?」 自分のほおをさすりながら、俺は尋ねた。 「簡単な話じゃない。あたしたちは、あくまで男のとしあきからの変化だから。 男のとしあきから遠い子ほど、出にくいのよ」 俺は一つうなずいた。 こいつの出現率の高さに、納得がいった。 「おまえって、どことなく男のとしあきに近いからな」 「えっー、ひどいこと言わないでよ」 「ひどいのは、おまえだろうが」 別に性格とかが、男のとしあきに似ているわけじゃない。 けれど色々な子の中で、俺が親しみを一番感じるのは、こいつだった。 そういう意味では、としあきに一番近いのは、こいつなのかもしれない。 「おっはよー、みんなー」 教室に入るなり、としあきは大きな声を出した。 何人かの女子が、としあきに近寄ってくる。 ちゃっかりこのとしあきは、いつの間にか女子の友だちを作っていた。 「残念だけろうけど、今からするあたしたちの会話は、女の花園。ほら、きよひこはどっか行って」 としあきは俺のことを、手で追い払ってくる。 こいつはどうにも、自分が男から変化したことを忘れているような気がする。 俺は小さな溜め息をついて、自分の席に向かう。 「あ、そうだ、きよひこ」 「なんだ?」 歩き出してすぐに、俺はとしあきに呼び止められた。 「あの、その……えっと……」 いつもはっきりと物を言うこいつが、珍しく口ごもっていた。 「どうした?」 「や、やっぱりお昼に言うね」 それだけ言って、としあきは女子たちの会話に戻っていった。 「……なんだ、あいつ?」 一人取り残された俺は、小首をかしげた。 昼休みになると、すぐにとしあきは俺の席にやって来た。 登校中に、コンビニで二人分のサンドイッチを買っておいた。俺は机の上にそれを出す。 としあきはサンドイッチを手に取りながら、残念そうに言った。 「あたしね、一度でいいから、きよひこにお弁当を作ってあげたいのにな」 「無茶言うなよ」 俺が起こさない限り、としあきが目を覚ますことはない。 朝の弱い俺が、早起きをできるはずもなく。 としあきが目を覚ましてから弁当を作っていたら、遅刻は確定だ。 俺はそのとき、ふと思い出した。 「そういえば、朝に何か言いかけただろ?」 としあきは、ひきつった笑みを浮かべた。 「まだ、覚えてたの」 「そりゃな。気になるだろ」 としあきはごまかすように、ジュースに手を伸ばす。 「それ、俺のだぞ」 「いいじゃない、一口くらい。きよひこと間接キスしたいんだから」 サンドイッチがのどに詰まりそうになる。 「お、おまえ、何言って」 「あ、あたし、何言ったいまっ」 俺よりも、としあきの方が動揺していた。 としあきは真っ赤な顔でおろおろしている。 「まさかおまえ、昨日の『冷静沈着』、『純真』な子が残ってるんじゃ」 「え、えっ、昨日の子って、そんな恥ずかしいこと言う子だったのっ」 としあきが立ち上がって、教室から出て行ってしまう。 「そんなの無理っ、頭、整理してくるっ」 捨て台詞のようにそう言って、としあきは走り去っていった。 ときどき今みたいに、昨日の子が残っていることがある。 ……良かった、こいつに痴女が残ってなくて。 五分ほど経って、としあきは戻ってきた。 まだ恥ずかしがってるのか、顔が少し赤い。 「だ、大丈夫か?」 「……うん、なんとか」 としあきは、どこか疲れたようにしていた。 としあきが俺に文句を言ってくる。 「昨日の子がそんなに危険なら、もっと早くに言ってよ……」 「あ、いや、悪い。俺の中では、昨日の子は危険に分類されてなくてさ。 今度は一緒に水族館に行くって約束もしてるくらいだし」 としあきが俺のことを、にらんでくる。 俺は視線をそらした。 てっきり何か言ってくると思っていたが、としあきは黙り込んでしまった。 としあきはうつむいたまま、サンドイッチをかじっている。 「あ、あのさ」 俺の言葉を、としあきがさえぎった。 「きよひこは、その子がいいんだね」 ぽつりと、としあきはそう言った。 「いいとか、そういうことじゃなくてだな―――」 「だったらバレンタインは、その子と過ごせばいいのよ」 「バレンタイン?」 としあきが急に立ち上がる。 「……どれだけあたしが、その日を待ってたと思ってるのよっ」 サンドイッチを包んでいた袋を、としあきはくしゃくしゃと丸めて、俺に向けて投げつけてきた。 としあきが俺をにらむ。としあきの目は、少しだけうるんでいた。 「あたし、今日の放課後は、友だちと遊ぶから」 としあきはそう言って、女子の友だちの所へ行ってしまった。 俺が何か声をかけても、としあきは無視を決め込んでいた。 放課後。本当にとしあきは、女子の友だちと遊びに行ってしまった。 「……俺に、どうしろっていうんだよ」 一人つぶやく。 バレンタインの日に、どの子を選ぶかなんて。俺に選択権は、ないのに。 俺は一人で家に帰って、日記を書いた。 『二月十二日』 としあきへ 今日の記憶がない男のとしあきには、何のことか判らないと思う。 それでも謝らせてくれ。すまなかった。 俺はそれだけを書いて、としあきの家に行く。 チャイムを鳴らすが、やはり誰も出てこなかった。 きっとまだ外で遊んでいるか、居留守のどちらかだった。 ポストに日記帳を入れる。 「ごめんな、としあき」 意味はないと判っていても。 俺はそうつぶやいた。 『二月十二日』 返事 彼女は今日も、ランダムだった。 朝。としあきの部屋に入るなり、机から日記を取り出す。 すぐに中を読む。 「あ、あれ……」 としあきからの返事は、何も書かれていなかった。 こんなことは初めてだった。 どんなときでも、必ずとしあきは俺に返事をくれたのに。 カプセルの中のとしあきに、視線を向ける。 俺は、一つ息を吐いた。 スロットのスタートボタンを押す。 今日は男のとしあきか、あるいはいっそ、よっぽど変なとしあきであってほしい。 一応、目押しで男のとしあきをねらってはみる。 『年齢: 幼女』 背筋が寒くなった。 逃げ出す準備をする。 俺がボタンに触らないでいると、しばらく経ってスロットは勝手に止まった。 『性格: おとなしい』 『特徴: 人見知り』 俺はスロットから、視線をそらせなくなった。 あの子、だ。 カプセルが動き出す。 俺はあの子の服を持って、カプセルに近づいていく。 カプセルが開く。 カプセル内部の隅の方で、ショートカットの子がうずくまっていた。 おびえる目で、俺のことを見ている。 俺はとしあきに声をかけた。 「……久しぶりだな。覚えてるか、俺のこと?」 としあきは、ちらちらと俺を見てくる。 こくんと、としあきはうなずいた。 俺は笑みを浮かべる。 服をとしあきの前に置く。 「それとも、着替えさせてやろうか」 としあきはふるふると首を横に振る。 「冗談だって。ここに服、置いておくからな」 俺はそう言って、としあきに背を向ける。 としあきが動き出すまで、俺はじっと待った。 三分ほど待っていると、後ろから物音が聞こえた。 少し経つと、としあきがちょんちょんと、俺の背中に触れてくる。 俺は振り返って、口を開いた。 「おはよう、としあき」 としあきはふっと笑みを浮かべて、こくんとうなずいた。 としあきの小さくて軽い体を抱き寄せて、カプセルの中から出す。 としあきが俺の耳を触ってくる。 「こら、止めろってば」 としあきは、くすっと笑った。 俺がこの子と初めて会ったのは、二か月前だった。 初めのころ、この子はずっと俺のことを怖がっていた。 俺はこの子に、近付くことさえできないでいた。 それから会うたびに、俺は少しずつ、この子と打ち解けていった。 前に会ったとき、この子にネコが描いてあるハンカチをプレゼントしていた。 としあきが、自分の服のポケットに手を入れる。 そこに何も入っていないことに気付くと、としあきはしょんぼりしてしまった。 としあきが俺の髪を引っ張ってくる。 「い、痛いって、判ってる、ちょっと待ってろ」 俺は自分のポケットの中から、ネコが描いてあるハンカチを取り出す。 ある意味命がけで、このハンカチは痴女から奪い取ってきた。 いつこの子に会っても渡せるように、毎日ポケットにハンカチを入れていた。 毎日洗って、毎日アイロンもかけておいた。 ハンカチを、としあきに渡す。 としあきの顔が、ぱあっと明るくなる。 大切そうに、としあきはハンカチを抱える。 「あ、そのな、念のために、あまりそのハンカチのにおいをかぐなよ」 何度も洗ったから、怪しげな薬品はちゃんと落ちていると思うが。 としあきが不思議そうな顔をしているが、説明はしないでおいた。 俺はもう、その日のことは忘れたから。 としあきがふと、時計を指差した。 もうすぐ始業の時間だった。 早く行かないと、遅刻だと言いたいらしい。 「よく知ってたな、始業時間」 俺がそう言うと、としあきはちょこっと首をかしげる。 どうやら、本人にもよく判っていないらしい。 ひょっとしたら、昨日の記憶が残ってるのかもしれないな。 「……なあ、としあき」 としあきは、まだ時計を指差したままだった。 「大丈夫だって、走れば余裕で間に合うから」 俺は床に座る。としあきに、話があった。 俺のすぐ隣に、としあきも腰を下ろす。 としあきの頭をそっとなでる。 としあきの顔に、笑みが浮かぶ。 俺は口を開いた。 「卑怯だってことは判ってる。だから、答えてくれなくてもいい。……どうしたら昨日のとしあきは、俺のことを許してくれると思う?」 目の前にいるとしあきが、きょとんとした顔をする。 俺は少し笑った。 そうだよな。こんなこと、この子に尋ねるべきじゃないよな。 俺は立ち上がろうとした。 ぺちっと、俺のほおが鳴った。 としあきが、俺のほおをたたいた。痛みは少しもなかった。 「としあき……?」 「昨日のとしあきお姉ちゃんから、伝言だよ。今ので、許してあげるって」 としあきはそう言って、にっこりと笑った。 「としあき、おまえ……」 俺はとしあきの頭を、両手でつかんだ。 思い切り揺さぶる。 「おまえ、しゃべってくれたんだな」 「わっ、わっ、わっ」 何度も何度も、としあきの頭を揺さぶる。 俺は素直に、嬉しかった。 この子が口をきいてくれないのは、本当の意味では、まだ俺に打ち解けていないからだと思っていた。 それが今日、やっとしゃべってくれた。 「や、やめて、お兄ちゃん」 その言葉を聞いて、ようやく俺は自分の仕打ちに気付いた。 「わ、悪い、大丈夫か」 すぐにとしあきの頭から手を離す。 としあきの頭は、まだ動いていた。 「くらくら、するよ……。それでお兄ちゃん、さっきの昨日のお姉ちゃんからの伝言、聞いてくれた?」 「あ……いや、おまえが口をきいてくれたってことしか、頭に入ってこなくて……」 「お兄ちゃんの、ばか」 もう一度、としあきは俺のほおをたたいた。 今度は、少しだけ痛かった。 「ごめんな、もう一回言ってくれよ」 「もうお兄ちゃんなんて、しらない。そんなことより、お兄ちゃん、遅刻だよ」 「なっ」 時計を見る。もう全力で走らないと、間に合わない時間だった。 本当は、この子を置いていきたくはない。 いつもこの子は、家で一人留守番をしていた。 俺が学校を休もうかと言ったときは、としあきはかなりすねてしまった。 どうやら俺に、学校にはちゃんと行ってほしいらしい。こういうところが、とてもとしあきらしかった。 俺は、腹を決める。 この子の特徴が『人見知り』なのは判っていた。 それでも。 「なあ、としあき。学校、一緒に行くか」 としあきが、おびえた目に戻る。 小さなとしあきの体を、俺は抱き寄せる。 「大丈夫だ。怖いなら、俺の傍にずっといればいい」 きっとこの子は、もっと強くなれる。 この子は、としあきだから。 俺はとしあきを、ぎゅっと抱く。 としあきは俺の耳元で言った。 「……絶対に、そばにいてくれる?」 「ああ、約束する」 俺は初めて、スロットに逆らおうとした。 としあきは、小さくうなずいてくれた。 「よし、行くぞ」 俺はとしあきを、おんぶする。 今から全力で走れば、たぶん始業時間には間に合う。……おんぶを、していなければ。 「しっかりつかまってろよ、としあき」 としあきは俺の体を、後ろから抱きしめる。 俺たちは、駆け出した。 【日記】 『二月十三日』 としあきへ 今日は、あの子だった。『幼女』、『おとなしい』、『人見知り』の子。 でももしかしたら、その『人見知り』は、もうすぐ無くなるかもしれない。 そのときは、どうなるんだろうな。 スロットでとしあきの特徴が変わるのは毎日だけど。 としあきの特徴が変わったら、スロットも変わるんだろうか。 よく判らない。また今度、あいつに訊いてみようと思う。 あいつへ これを読むことがあるかは判らない。 けれどもう一度、謝っておく。悪かった。 明日のバレンタインは、おまえを選べるようにしたいと思う。 それでいいよな、男のとしあき? これについては、異論は受け付けないからな。 『二月十三日』 返事 馬鹿へ あんたがあんまりにも馬鹿だから、なんか目が覚めちゃった。 今日はスロットで当たってもないのに。なんでだろうね。こんなこと、初めて。 そんなことより。あたしなんかのために、バレンタインを浪費しないで。 それこそ本当の馬鹿よ。 たとえあたしは明日選んでもらっても、少しも嬉しくなんか お兄ちゃんへ 上のお姉ちゃんは、うそつきです。 明日、スロット、がんばってね。 お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。 今日は学校、ちょっとこわかったけど、楽しかったよ。 またつれていってね、お兄ちゃん。大好きだよ。 きよひこへ 昨日は日記が書けなくて、すまなかった。 昨日はなぜか、どうしても日記を開く気になれなかった。 いま日記を読んで、だいたいのことは判った。 ちょうどいい。オレも覚悟を決めようと思う。 先に、おまえに礼を言わないといけないことがある。 オレは幼いころ、学校に行けなかったことがあった。 たぶん、親に何かされていたんだと思う。オレ自身、実は良く覚えていない。 今はもう自分でもだいぶ強くなったと思っているが、そのときのことは、いまだに心に残っていた。 つらいものが、あった。 でも今は、そのつらさが、もうすっきりと無くなっているんだ。 胸がとても軽い。 きっとおまえが、何かオレのためにしてくれたんだと思う。 女になるときに、そのつらさを持ち越さなくて済んだ。 ありがとう、きよひこ。 もうオレは、男の姿に未練はない。 オレは、女を受け入れる。 最近、男のオレが意識を保てる時間は、ほとんどなかった。 スロットのたびに、オレの心は女になっていった。 スロットで選ばれた子が、幸せを感じるたびに。きよひこに、恋心を抱くたびに。 オレも、同じものを感じていたんだと思う。 当然だよな。スロットで出てきた子は、オレ自身なんだから。 今もなんだか、恋人相手に手紙を書いているような、そんな気でいるんだ。 悪い。嫌だよな、そんなの。 おまえが「あいつ」と言っている子。 どうせ女になるなら、オレはその子になりたい。体も、心も。 これがオレの書く、最後の日記になると思う。 明日のバレンタインは、女のオレと、仲良くしてやってくれ。 今まで、本当にありがとう。 願わくば。 これからも、おまえと一緒に。 時計の針が、午前一時を指している。 二月十四日になってから、一時間が経った。 俺は大きく、息を吐いた。 これ以上、考え込んでも仕方がない。 そう思って、俺が横になろうとしたときだった。 俺の携帯が、音を立てた。 携帯を手に取る。 ―――としあきからの、電話だった。 俺はすぐに、電話に出ることができなかった。 こんな時間に、としあきが起きていることは、今までなかった。 いつもならこの時間、としあきは日記を書き終えて、もうカプセルの中で眠っているはずだ。 電話に出る。 俺はすぐに声を出した。 「こんな時間に起きてるなんて、何かあったのか?」 俺がそう言っても、としあきからの返事はなかった。 ただ静寂だけが、俺の耳に届いてくる。 俺は何度かとしあきに声をかけているうちに、やっと気付いた。 静寂にまぎれて。ほんのわずかに、泣き声が聞こえてくる。 「……泣いてるのか、としあき」 俺は小さな声で、そう言った。 俺の耳に届いていた泣き声が、急に止まる。 少しだけ待ってみたが、としあきは何も言葉を発しなかった。 俺はとしあきに向かって言った。 「今、自分の家にいるんだな? 待ってろ。十分で行く」 俺はそれだけ言って、電話を切ろうとする。 としあきの消え入りそうな声が、聞こえてきた。 「あたし、どうしたらいいの。きよひこ、助けてよ……」 思わず俺は、息をのんだ。 聞こえてきた声は、男のとしあきのものじゃなかった。 俺の耳に届いたのは、『明るく元気』で、『世話焼き』な―――あいつの、か細い声だった。 電話が切れる。あいつが、電話を切った。 俺は焦る気持ちを抱いたまま、としあきの家へ向かった。 暗やみの中、外灯と月明かりを頼りに、俺は走った。 としあきの家に着く。玄関の鍵はかかっていなかった。 としあきの部屋に行くが、部屋の中にも、カプセルの中にも誰もいない。携帯だけが、部屋の中に置いてあった。 家中を探したが、としあきの姿は見つからない。 まさか。玄関に行き、としあきの靴を確認する。 女のとしあきが―――あいつがいつも履いている靴は、下駄箱に入っているはずなのに。 どこにも、見当たらない。 俺は、外へ飛び出した。 ブランコが、揺れていた。 としあきの家の近くに、小さな公園があった。砂場と、ブランコしかないような、本当に小さな公園。 公園に一つだけある、外灯の明かりを浴びながら、としあきが―――あいつが、ブランコを揺らしていた。 一度だけ大きく息を吐いて、俺は呼吸を整える。 ゆっくりと、としあきに近付いていく。 としあきはずっとうつむいたまま、わずかにブランコを揺らしている。 としあきの近くに、日記帳が落ちていた。 俺はその日記帳を拾ってから、としあきの横のブランコに腰を下ろす。 ちらりと、としあきが俺のことを見てくる。 俺はとしあきの方を見ないで、声を出した。 「初めての深夜は、満喫できたか」 こいつがこんな時間に目を覚ましているのは、きっと初めてのことだ。 カプセルの中で、強制的に眠りについているのが、いつものことなのに。 としあきは、ぽつりと言った。 「あたしのこと、捜してくれたんだね」 「かくれんぼなら、真昼にやりたいもんだな」 としあきが、ブランコを動かすことを止める。 俺は持っていた日記帳に、視線を落とす。 少しだけ汚れてしまっている、日記帳。 「読んでみて」 としあきが、俺にそう言葉を投げかけてくる。 俺は一度としあきに視線を向けてから、日記帳を開いた。 『今まで、本当にありがとう。 願わくば。 これからも、おまえと一緒に。』 日記を読み終わる。 としあきが俺に向かって、ハンカチを差し出してきた。薄い桜色の、無地のハンカチだった。 「なんだったら、あたしがふいてあげようか」 としあきが少しだけ笑みを浮かべる。 ハンカチを受け取らずに、俺は自分の服で涙をぬぐった。 日記帳を、そっと閉じる。 としあきに向かって、俺は言った。 「男のとしあきは……本当に、おまえになるのか?」 「きっと明日には、そうなってる。それが男のとしあきの、願いだから」 としあきはそう言って、自分の長い髪に触れた。 としあきが自分の髪をなでるのを、俺は見詰める。 「あたし、このポニーテール、気に入ってたのにな。男のとしあきは、どうせショートカットにするんでしょ」 俺はとしあきの腕をつかんだ。 としあきが、少し驚いた顔をする。 俺は口を開いた。 「明日になったら……今のおまえは、どうなる?」 としあきは薄く笑う。 「男のとしあきが、あたしになるだけだから。きよひこにとっては、何も変わらない」 俺はとしあきの腕をつかんだまま、離さなかった。 「おまえにとっては……どうなるんだ」 としあきは小さく首を横に振った。 「いじわるだね、きよひこは。あたし、そんなこと考えたくない」 夜の風の冷たさが、俺たちの肌を刺してくる。 としあきは言葉を続けた。 「おかしいよね。男のとしあきから変化したのが、あたしのはずなのに。あたしには、自分が男の としあきだった実感がないなんて。本当にあたし……としあき、なのかな」 目の前の女の子が、顔を曇らせる。 「おまえは、としあきだよ。俺が保証する」 「でもあたしには……男だったときの記憶が、ないんだよ」 俺はすぐに言葉を返した。 「ないなら、俺が教えてやる。俺が知っている男のとしあきを、おまえに渡してやる」 こいつに足りないのは、記憶だけなんだ。それさえあれば……こいつは、本当のとしあきになれるんだ。 としあきが、俺の手にそっと触れる。 うっすらと、としあきは笑みを浮かべた。 「あたしね、きよひこと男のとしあきが出会ったときの話が聞きたいな」 「そんなに、面白い話じゃないぞ」 俺は笑みを浮かべようとして、うまくできなかった。 それなのに、こいつは笑っている。 「きよひこが出てくる話なら、あたし、聞きたい」 俺は一度目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。 話を始めてから、もう三十分が経っている。 俺と男のとしあきの思い出を、一方的にこいつに話し続ける。 こいつは目を閉じて、俺の話を聞いていた。ときどき、相づちを打ってくる。 けれど今はもう、その相づちはなかった。 ブランコの上でバランスを保ちながら、としあきは眠っていた。 少しだけ笑みを浮かべながら、としあきが眠りについている。 今のこいつに、カプセルなんて必要なかった。 俺はとしあきの前に行く。としあきに、小さな声で呼びかける。 「帰るぞ。背負ってやるから、乗れ。おまえはそのまま眠ってろ」 としあきの体に、今何が起きているのかよく判らない。 これ以上、としあきに無理はさせたくない。 としあきがゆっくりと目を覚ます。まだ眠そうにしたまま、としあきはくすっと笑った。 「おんぶは、恥ずかしいよ」 「昨日も、おまえをおぶってやったばかりだ。気にするな」 俺がそう言うと、としあきはぽつりとつぶやいた。 「なんとなく、覚えてる。としあきの背中、温かかった」 としあきに背を向けて、俺はしゃがんだ。 少しして、としあきが俺の背中に乗ってくる。 昨日のとしあきより、やっぱり重たかった。 俺の頭を、としあきが軽くはたいてくる。 「どうせ、重いとか思ったんでしょ」 「黙って寝てろ」 俺はとしあきを背負って、歩き出す。俺は手に、しっかりと日記帳を持っていた。 としあきが俺の耳元でささやいてくる。 「きよひこと男のとしあきの思い出、もっと聞かせて」 「子守歌代わりか?」 ちゃかすように俺がそう言うと、としあきは言葉を返してきた。 「きよひこの声、もっと聞いていたい。声を聞いてるだけで、あたし……安心、できるから」 としあきが俺の体を、後ろからぎゅっと抱いてくる。 俺は何も、言うことができなかった。 としあきが、ぽつりとつぶやいた。 「やっぱり、きよひこはあったかいね」 「温かいのは、おまえの方だろ」 俺に言えるのは、たったそれだけだった。 背中から、としあきのぬくもりが伝わってくる。 このぬくもりを、俺は忘れたくはなかった。 としあきの家に帰ってくる。 俺の体から離れて、としあきは自分で靴を脱いだ。 としあきが、俺に声をかけてくる。 「どうせなら、最後まで連れて行ってよ」 答えが判っていたのに、俺はとしあきに尋ねた。 「どこへ、連れて行けばいいんだ?」 としあきは笑った。 どうせなら、もっとうまく笑ってほしかった。 「あたしを、カプセルの中に入れて」 「……その必要は、もうないだろ」 カプセルがなくても、さっきとしあきは眠っていた。 普通に眠れるのなら、もうとしあきがカプセルの中に入る理由はない。 ―――カプセルの中に入れば、こいつは変わってしまう。 としあきは口を開いた。 「男のとしあきは、あたしを選んでくれた。だからあたしも、男のとしあきを受け入れる ……お願い、あたしをカプセルまで、連れて行って」 としあきが俺の服をつかむ。としあきの手は、震えていた。 俺に電話してきたとき、こいつは言っていた。 助けて、と。 としあきの震える手に、俺は自分の手を重ねる。 カプセルの中に入らなければ、こいつは助かるかもしれない。 けれどそうすれば、男のとしあきは―――。 俺がそんなことを考えていると、目の前でとしあきが、ふっと倒れそうになる。 としあきの体を、抱えるようにして支える。 「大丈夫か」 「……やっぱり、無理はできなさそう。ほら、早くカプセルまで連れて行ってよ」 としあきが、声だけは明るく元気そうに振る舞う。 それでも俺は、動き出すことができなかった。 ぽつりと、としあきが言葉を漏らす。 「男のとしあきを大切にするきよひこが、あたしは好きなの」 「……卑怯だな、おまえは」 俺がそう言うと、としあきは俺の頭を軽くはたいた。 俺が反応しないでいると、としあきは何度も何度も、俺の頭をはたいてくる。 ―――俺は、としあきのポニーテールを引っ張ってやる。 ほんの少しだけいつもより強く、としあきの髪を引っ張った。 俺の手を払いのけて、としあきがむくれた顔をする。 けれどすぐに、としあきの顔に笑みが浮かぶ。 俺たちは、そっと笑い合った。 俺はもう一度、としあきをおんぶする。 としあきの部屋へ向けて、歩き出す。 としあきが俺の耳元で、ささやく。 「きよひこ、毎日ちゃんと、寝ぐせはなおしなさいよ。もう子どもじゃないんだから、一人でできるよね」 「本当におまえは、世話焼きだな」 一歩一歩を、俺は、俺たちはゆっくりと進んでいく。 としあきの声を聞いているだけで。俺の心は、温かくなっていく。 としあきは言った。 「あたしね、決めてたの。バレンタインになったら、きよひこに告白しようって」 「……そうか」 俺の口から、それ以上の言葉は、何も出てきてくれなかった。 「部屋の机の上にね、プレゼントがあるから。帰りに、もらっていってよ」 そう言って、としあきが俺の耳を触ってくる。 俺が黙り込んだままでいると、としあきは俺の首筋をくすぐって、俺を笑わせようとする。 それでも俺は、どうしても笑みを浮かべることができなかった。 としあきは言った。 「男のとしあきは、どうせ女の子になるのなら。どんな女の子になるかは、きよひこに選んでもらうと思ってた。 そのために色々な女の子をきよひこに見せるための、スロットだったの。あたし、そのことだけは判ってた」 としあきは言葉を続けた。 「きよひこは、あたしを選んでくれたんだよね?」 俺は、黙ってうなずいた。 としあきの小さな声が、俺の耳に届く。 「……趣味が悪いね。色々な子がいたのに、あたしなんかを選ぶなんて。どうせほかの子のことも、好きなんでしょ」 俺はとしあきを、背中から下ろした。 カプセルは、もう目の前だった。 としあきは目に涙をためたまま、薄い笑みを浮かべている。 俺はとしあきに向かって、言った。 「ほかの子も、好きに決まってるだろ。みんな、としあきなんだから。 その中で俺は―――今のおまえが、一番相性が良かっただけの話だ」 「……なんだか、あたし、素直に喜んでいいのか判らないよ」 俺は言葉を返した。 「なら言い直す。俺は……今のおまえのことが、誰よりも好きだ」 としあきの目から、涙がこぼれる。 それでもとしあきは、笑みを浮かべたままだった。 「それなら、あたし、素直に喜べるね。あたしを選んでくれて……ありがとう。きよひこ……大好きだよ」 俺たちは、そっと口付けをした。 最初で、きっと最後の口付けを。 としあきが、自分からカプセルの中に入っていく。 眠れる森の姫に逆らうように。 俺に口付けをされたとしあきは、カプセルの中でそっと眠りについた。 自分の部屋に帰ってきても、俺は電気をつけなかった。 ベッドの上に倒れ込む。 紙袋を、顔の前に置く。 としあきが俺に贈ってくれた、紙袋だった。 それなのに、紙袋の中を見ようとさえ、俺には思えなかった。 横になったまま、目を閉じる。 このまま眠れたら、どれだけいいんだろうか。 胸の締め付けが、消えてくれない。 ゆっくりと、息を吐く。 体を起こして、机の上に置いてあった日記帳を手に取る。 電気をつけずに、またベッドに寝ころぶ。 暗やみ中、俺は日記を読んだ。 書かれていた文字は読めなかったけれど、それで良かった。 日記のページを、一枚ずつめくっていく。 わずかに時計の針の音だけが、俺の耳に届いてくる。 ―――針の、音? 俺の部屋には、デジタル時計しかないはずだった。 としあきからもらった紙袋に、視線を向ける。 俺は少しためらってから、紙袋に手を伸ばす。 紙袋の中には、段ボール箱が入っていた。箱を開ける。 中に入っていたのは、目覚まし時計だった。 俺はこの時計を、としあきの部屋で見たことがある。 としあきが長年使っていた、目覚まし時計だった。 カプセルの中に入るようになってから、としあきはこの目覚まし時計を使わなくなっていた。 俺は、目覚まし時計を抱える。 朝が弱い俺のために、としあきはこの時計を贈ってくれた。 俺の口から、言葉が漏れる。 としあきの伝えたかったことが、やっと判った。 「……この時計を使って、俺が早起きすればいいんだろ。早起きして―――これからも、 おまえのことを起こしに行けばいいんだろ」 としあきは―――あいつは、また俺に起こされることを望んでいた。 としあきは、俺が迎えに来るのを、待っていた。 「……おまえのことは、俺が起こしてやるからな」 あいつの顔が、脳裏に浮かんだ。 目覚まし時計をセットする。 早起きをするために。としあきを、目覚めさせるために。 俺は、眠りについた。 彼女は今日、ランダムじゃなかった。 朝。 目覚まし時計が鳴っていた。 俺はいつもより早くに目が覚める。 鏡の前で寝ぐせをなおしてから、俺はとしあきの家へ向かった。 としあきの家の中に入る。 音が、聞こえてきた。 毎朝俺が耳にしていた音だった。 俺は駆け出した。 としあきの部屋の前まで来ると、俺はすぐにドアを開けた。 俺は、息をのんだ。 ―――カプセルが、動いていた。 スロットに視線を向ける。 もうスロットは、止まっていた。 『年齢: 同い年』 『性格: 明るく元気』 『特徴: 世話焼き』 カプセルが、一段と大きな音を立てる。 その音を最後に、カプセルは静かになった。 カプセルが、ゆっくりと開く。 カプセルの中にいたのは、あいつだった。明るく元気で、世話焼きなあいつだった。 中から出てきたあいつは―――その場に、倒れた。 「としあきっ」 駆け寄って、俺はとしあきの体をそっと起こす。 としあきが薄く目を開ける。 としあきは手を伸ばして、俺のほおに触れた。 消え入るような声で、としあきは言った。 「……どうして?」 としあきの目がうるんでいく。 俺は言った。 「おまえは……男の、としあきなんだな」 俺はとしあきの瞳を見つめる。 視線をそらす気なんて、俺にはなかった。 としあきは俺を見つめ返してくる。 としあきが、口を開いた。 「どうして、まだここに……あたし、いるの?」 「お、おまえ……」 俺がそれ以上の言葉を返せないでいると、としあきがふっと笑みを浮かべる。 としあきは言った。 「きよひこ、今日はちゃんと、寝ぐせ、なおしてきたんだね」 そう言って、としあきが―――世話焼きなとしあきが、俺の髪をなでてくる。 俺の目から、涙がこぼれ落ちた。 俺は何も言えずに、ただとしあきの体を抱きしめた。 としあきの声が、聞こえてくる。 「あたし……あるよ。男だったときの記憶が、あたしにあるの。毎晩日記を書いてたことも、 きよひこと出会ったときのことも、全部覚えてるの」 俺はとしあきを抱きしめたまま、声を絞り出した。 「どういう、ことなんだ?」 「……あたしにも、よく判らなくて。いつものあたしと、男のとしあきの両方が、今の自分なんだって思えて」 俺はとしあきの顔を見る。目の前に、世話焼きなとしあきの顔があった。 としあきは言った。 「男だったときのあたしは、ずっときよひこに会えなくて、さびしかった。……やっと、きよひこに会えたね」 としあきも、俺のことを抱きしめてくる。 俺は口を開いた。 「……やっぱりおまえは、ただ男だったときの記憶がなかっただけで、男のとしあきだったんだよ。 男のとしあきがそのまま女に変わったのが、今のおまえなんだよ」 としあきは不安そうに言葉を返してくる。 「あたし……男から、本当の女の子になれたの?」 俺は笑んだ。 「としあきが『人見知り』の子だったとき、その子は学校に行って、『人見知り』から変わっていった。それと同じことだ。 『男の心』のとしあきが、『女の心』のおまえへ変わったんだよ。今のおまえは―――本当の、女のとしあきだ」 としあきの瞳から、涙がこぼれ出す。 俺は指で、その涙をぬぐう。 「きよひこはあたしのこと……女になったあたしのこと、受け入れてくれる?」 俺の返事は、決まっていた。 何も言わずに。 俺は、としあきに口付けをした。 それが、俺の答えだった。 ひんやりとした空気が、俺の体を包み込む。 朝。としあきの部屋には、俺だけがいた。 空っぽのカプセルが、俺の目の前にある。 としあきがカプセルを使わなくなってから、一週間が経っていた。 もうとしあきは、カプセルの中に入らなくても、しっかりと眠ることができた。 最近のとしあきは、自分で目を覚まして早起きしている。 目覚まし時計もないのに、早起きなんてよくできるよなと、素直に感心する。 としあきの目覚まし時計は、俺の部屋に置いたままだった。 「今度新しい目覚まし、プレゼントしてよね」 そう言って、としあきは笑っていた。 今日もとしあきは早起きをして、台所でお弁当を作っている。 さっき様子を見てきたが、はりきりすぎて、今日もおかずの量がすごいことになっていた。 ちゃんと今日は、俺は胃腸薬を持ってきていた。 「きよひこ、お待たせ。準備できたから、早く水族館、行くわよ」 としあきが俺を呼んでいる。 俺は部屋から出ようとして、立ち止まった。 振り返る。視線の先には、スロットがあった。 俺は自然と笑みを浮かべた。 スロットに近付いて、スタートボタンを押す。 スロットを回しても、意味なんてないことは判っていたけれど。 俺はその場を離れた。 スロットが止まるのを、待たずに。 部屋から出ると、ポニーテールの髪型をしたとしあきの姿が、廊下にあった。 としあきは、大きなリュックサックを背負っていた。 きっとリュックの中には、弁当箱が大量に入っている。遠足にでも行く気なんだろうか。 俺はあきれつつも、笑みをこぼす。 「頼むから、今日は痴女になるなよ」 俺がそう言うと、としあきがぱっと顔を赤くする。 「き、昨日の痴女はしょうがないでしょ、急に、こう……ああもうっ、きよひこのばかっ」 としあきの平手が、飛んできた。 スロットで出てきたほかの子たちは、いなくなったわけじゃなかった。 どうやらほかの子たちも、今もとしあきの中にいるらしい。 ときどき、ふっとほかの子が出てくるときがある。 いつどのタイミングで、どの子が出てくるか判ったものじゃない。 まだこれだと、スロットで選んでいた方が、平穏な日々が過ごせたかもしれなかった。 痛むほおを俺がさすっていると、としあきが急に俺の手を握ってきた。 「すまない。あまりの恥ずかしさに、思わず手が出てしまった。 これほど君のことを愛しているのに、手を出してしまうなんて」 「な、なに急に言い出すんだっ」 としあきが俺の手を握ったまま、きょとんとした顔をしている。 「どうかしたの、きよひこ? 早く水族館へ行こうってば」 「おまえ、いま自分で言ったこと、理解してるか?」 としあきは笑っていた。 「当然でしょ。きよひこのこと、愛してるって―――ってなんて恥ずかしいことをあたしはっ」 としあきが真っ赤な顔になって、俺の手を離した。 朝っぱらから、としあきは本当に騒がしかった。 きっと今日もまた、にぎやかな一日になる。 ほかにはいったい、どんな子が出てくるんだろうか。 それは何も、別人じゃない。 みんな、としあき自身だ。 としあきの、いつもとは違った一面。 本当なら心の奥底でずっと眠っていて、出てくることはなかったはずの、としあきの性格や、特徴たち。 俺は一日で、たくさんのとしあきを知ることができる。 少しの不安と、たくさんの期待を胸に。 俺は日々を過ごしていく。 「おいてくぞ」 「あっ、ちょっと待って、さっきのは、その、なんというか」 「気にするな。俺もおまえのことは愛してるからな」 「き、きよひこ……お、おにいちゃん大好きーっ」 「だあーっ、おまえはもう出てくるなっ、ズボンのチャックに触るなーっ」 俺は今日も、平穏に過ごせそうになかった。 としあきのポケットから、ネコの描かれたハンカチが、そっと落ちた。 彼女は今日も、ランダムだった。 <完> |
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ささゆめ
2007年11月17日(土) 23時59分27秒 公開 |
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| この作品の感想をお寄せください。 | ||||
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| やせい の かみさま が あらわれた! | 100点 | 名無しさん | ■2008-12-29 21:19:30 | |
| これが萌えの連続確変か! | 100点 | 名無しさん | ■2008-06-23 04:28:45 | |
| 超GJ! | 80点 | 名無しさん | ■2008-02-16 20:41:58 | |
| 心からのGJを… こうゆうの大好きですっ!!!!! |
100点 | 名無しさん | ■2008-02-14 20:02:24 | |
| スバラシイ! | 100点 | 名無しさん | ■2008-02-12 03:55:55 | |
| 人には色んな側面がある。きっとスロットはそれをピーキーに引き出すものだったんですね。 がんばれ、痴女のとしあき(ぉ |
100点 | 名無しさん | ■2007-12-10 01:57:19 | |
| 連載中は楽しみに毎日ROMってました。大好きなお話です。 楽しませていただきました、GJです、ありがとうです。 |
100点 | 名無しさん | ■2007-12-04 14:58:46 | |
| 非常に楽しませていただきました 最高です |
100点 | 名無しさん | ■2007-12-01 14:00:12 | |
| 本当にGJです、やぁ、素敵な話だなぁ。 オチもまた萌えるというよりはなんかすげえ清々しい感じで…。 |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-21 18:21:56 | |
| 再投稿お疲れ様です。 消えてしまうにはあまりに惜しい良作ですしね。 ついまた読んで悶えてしまいますた。 |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-20 22:44:45 | |
| GJ | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-19 11:49:19 | |
| 再投稿記念。 | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 20:39:25 | |
| 改めて、心からのGJを。 | 100点 | ふたば板からの読者 | ■2007-11-18 18:38:34 | |
| GJ もう一度読めるのが嬉しいです |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 18:15:22 | |
| 再度GJ! 素晴らしい。 応援してます。 |
100点 | ジリィ | ■2007-11-18 14:34:16 | |
| 再掲載ありがとうございます! こちらも再びGJ!!!! |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 11:53:00 | |
| GJそのもの!! | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 10:30:18 | |
| あのカプセルは何だろう、とか としあきが女になるのは決まっていた事だったのか(きよひこの苦労は無意味?)とか 痴女成分が多いのは若いオトコノコだったからなんだろうか、とか 色々妄想してしまう 楽しかったです |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 08:52:39 | |
| 戻ってきたんですね! GJ!すばらしいです! |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 06:57:26 | |
| 何度だって点を入れてみせるさ! | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 02:43:05 | |
| 待ってました。再投稿TNX | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 02:10:22 | |
| GJ!! | 90点 | 名無しさん | ■2007-11-18 01:54:05 | |
| GJすぎるでしょ!! 1000点くらいあげたいです! |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 01:30:36 | |
| GJ!! | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 00:44:45 | |
| 再投稿、ありがとうございます。 そしてGJ! |
100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 00:27:44 | |
| 復活記念パピコ!GJ!! | 100点 | 名無しさん | ■2007-11-18 00:25:46 | |
| 合計 | 2570点 | |||